1 はじめに
従業員がSNSに職場での撮影した写真を投稿したり、不適切な書き込みをすることにより、企業イメージが毀損され、企業に損失が生じることが相次いでいます。
従業員のSNS投稿については、私生活上の行為として制限することができないでしょうか。この点、使用者は、就業規則の一部として、企業秩序に関連する範囲でSNS利用制限規定を設け、その違反について懲戒処分の対象とする旨の規定を設けておけば、その規定に違反するSNS投稿を禁止・制限することは可能であり、従業員に対しての懲戒処分も可能です。
2 企業秩序と私生活上の行為
企業は企業の存立及び運営に必要不可欠な企業秩序を定立し維持する当然の権限を有し、従業員は労働契約の締結によって当然にこの企業秩序の遵守義務を負うことになります。ただし、企業秩序といえども従業員の人格や自由を不当に侵害することはできません。そのため、従業員の私生活についてまで企業が一般的な支配を及ぼすことはできず、企業秩序維持と無関係な従業員の私生活上の行為を制限することはできません。一方、裏を返せば、従業員の私生活上の行為であっても、企業秩序遵守義務に違反するような行為については規制を及ぼすことができるということになります。
企業の懲戒権については、従業員が企業秩序違反行為をした場合に制裁罰として懲戒処分を行うことができます。ただし、企業が従業員を懲戒するためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておく必要があります。
懲戒権は企業秩序の一環として導かれるのであれば、就業規則に規定がなくても行使が可能と考えることもできそうですが、判例上、就業規則に種別及び事由が明記され初めて行使できるものとされていることに注意が必要です。
3 SNS利用の制限
従業員は、労働時間中は職務専念義務を負っている以上、労働時間内におけるSNS投稿を禁止し、違反した場合に懲戒処分を行うことも可能です。一方、従業員が労働時間終了後の私的な時間にSNS投稿することについて、企業がどこまで制限できるかは慎重な検討が必要となります。
例えば、従業員に対して業務時間外も含めSNS投稿を一切禁止することは、従業員個人の表現の自由を不当に侵害するものとして認められないでしょう。一方、従業員のSNS投稿が企業秩序遵守義務に違反するものであれば、その範囲において禁止や制限をすることも可能と考えられます。ただし、このような禁止や制限を行った上、懲戒処分を可能とするためには、その旨の就業規則上の根拠規定を設けておく必要があります。
従業員の私生活上の行為一般に対する懲戒処分については「企業の名誉や信用を損なう行為をしないこと」等といった名誉・信用汚損禁止条項によって対応することが一般的な対応です。ただし、昨今のSNSによる情報拡散のスピードの速さやそれによる企業イメージ毀損の程度の大きさに鑑みると、従業員のSNS投稿については別途の規程を設け、SNS投稿による企業秩序への影響について意識の向上を図り、その違反について企業が厳格な態度を取ることを明らかにしておいた方が良いと思われます。
この点、SNS利用制限については、企業が一方的に策定するガイドラインによって対応する例もあります。しかし、就業規則の一部ではないガイドラインによって規定されるSNS利用制限に違反した場合、その違反について適法に懲戒処分を行うことはできない場合があり得ると考えられます。判例上、懲戒処分の種別のみならず事由についてまで就業規則上の規定が要求されている中、企業が一方的に策定するガイドラインにその懲戒処分の対象となる行為の範囲を委ねた場合、適法に懲戒権を行使できるのかという疑問が残ります。
そこで、SNS利用制限については、その違反について懲戒処分の対象とすることまで予定しているのであれば、企業が一方的に策定するガイドラインではなく、就業規則の一部として策定しておいた方が良いでしょう。
4 従業員のSNS投稿
従業員が職場の長時間労働に関して、実態とは全くかけ離れた内容を投稿している場合、会社の名誉又は信用を損なう内容を投稿しているといえるため、そのような投稿を禁止・制限する規定があれば禁止や制限は可能です。
残業中や出張中で撮影した写真をSNS投稿している場合、会社や取引先、顧客又はその役員や従業員の情報(画像や動画を含む。)を会社の事前許可なく発信してはらならない旨の規定があれば、当該規定に違反する内容を投稿している部分に限り禁止・制限することができると考えられます。例えば、社内資料の一部が写り込んでいたり、出張先での訪問先が推定できたりするものがある場合、このような内容については会社の情報や取引先の情報を会社の事前許可なく発信するものとして、禁止・制限することが可能です。
ただし、従業員にも表現の自由が認められる以上、禁止・制限できる投稿はSNS利用規定に違反する部分に限られ、その規定に違反しない部分についてまで禁止・制限することは困難であることに注意が必要です。 裁判例においても、就業規則上問題となる記載部分を特定することなく、HP全体の閉鎖を命じたものについて、業務命令権の範囲を逸脱した無効なものである旨判示したものがあります。
懲戒処分については、就業規則上、SNS利用の制限規定等があり、その制限規定に違反した場合にどの種類の懲戒対象となるかについての規定が設けられていれば、懲戒処分を行うことも可能です。
弁護士法人J&Tパートナーズ
弁護士 李 卓奎(イ タッギュ)